『カエンタケの話』

マタイによる福音書18:1-4そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。」

 幼稚園で働いていると「面白いなあ!幸せだなあ!」と思えることが多々ありますが、時々あっと驚くような子どもの秘めた力に出会うことがあります。

 今、日本の里山の雑木林では「ナラ枯れ」というドングリを実らすコナラやミズナラなどブナ科の木が大量枯死する現象が進行しています。「ナラ枯れ」はカシナガキクイムシ(体長4~5mm)によるものです。この虫は木を齧って開けた穴にナラ菌と呼ばれるカビを植え付けて畑とし、穴に生えたナラ菌を食べます。羽化して成虫となったカシナガキクイムシはナラ菌を周辺の木々に媒介させるのです。ナラ菌は、生きた木から栄養を吸収し、それが「ナラ枯れ」の原因となります。ブナ科の木の伝染病のようなものです。昔は、里山のコナラやミズナラを木炭や薪として使用していたため、定期的に伐採されましたが、切り株から脇芽が伸びて数年で再生できていました。ところが、今は木炭や薪の使用が激減したために、伐採と再生のサイクルが失われ、「ナラ枯れ」の増加に繋がっているのです。さらに地球の温暖化により、西日本の暖地で小さな規模で生活していたカシナガキクイムシの分布域が広がり、この武蔵野の雑木林にもやってきたのです。

 「ナラ枯れ」の兆候は、樹皮からたくさんの樹液が流れて独特の匂いを発するのです。それは昆虫の誘引物質でもあり、虫捕りの好きな子どもたちを楽しませる点では良いのですが、木自体の健康度としては芳しいものではありません。コナラの幹からおがくずのようなものが出てくると要注意(立ち枯れ、倒木)のサインなのです。こうした異変にいち早く気付くのは子供たちです。今春、預かり保育の時間に渉美先生から「子供たちが木から変な匂いがすると言っているので見てくださいますか」と報告を受けたので確認に行ったら、その木の根元におがくずより細かい粉が吹いていました。そこで早速金子造園の親方に診て頂いたら、清瀬周辺では「ナラ枯れ」が多く発生しており、あちらこちらで伐採していることをお聞きしたので、診断の結果園庭の2本の木を伐採していただくことになりました。それが4月頃でした。

 さてそれで一件落着とはなりませんでした。運動会前のある日の午後、預かり保育の時間中にばら組のK君が貴子先生に「大変です。来てください。幼稚園の庭には毒キノコがあります。これはカエンタケという猛毒キノコです。触るだけでも皮膚炎を起こします」とまるで植物図鑑を読んでいるように冷静に教えてくれたそうです。カエンタケが1本、伐採した根株の傍に生えていたのです。赤いウインナーソーセージのような形状です。早速恵利先生や貴子先生がスマフォで検索するとそれに該当することがわかりました。カエンタケ(Trichoderma cornudamae)は火炎茸、火焔茸とも表記されるように燃え盛る炎のような形や色をしており、触れるのも危険な程極めて猛烈な毒を持つ毒キノコです。少量でも摂取した場合は、10分前後で身体全体の機能不全が生じ、致死率も高いのです。初夏から秋にかけ、広葉樹(ミズナラ、コナラ)の立ち枯れの木の根際や、なかば地中に埋もれた倒木などから発生すると百科事典に書いてありました。日本国内では、カシナガキクイムシによる「ナラ枯れ」の増大に伴って、カエンタケの発生地域が広がっているようです。

 子供は、珍しいものを見ると直ぐに触りたがる行動傾向がありますのでK君は命の恩人だと思いました。NHKの朝ドラで日本植物学の父と言われる牧野富太郎博士(1862-1957)の生涯がドラマ化されましたが、彼は幼少の頃から植物に興味を示していたそうです。K君の知識、観察力、判断力は的確でした。将来が楽しみですね。理華先生にカエンタケの記録写真を撮ってもらい、注意喚起のために子育て支援課と小平保健所に報告致しましたが、夕方には早速市内の全園と情報共有が行われました。K君は地域社会の安全の為に立派に貢献できたのです。立教大学の奇二先生にもこの件を相談しましたが、K君のことをお話したら「弟子にしたいですねえ!」とお褒めの言葉をいただきました。なんとエキサイティングな一日であったでしょうか!

 カエンタケはビニール袋に保管し、念のため重冨先生にカエンタケが生えていた周辺の土を除去し、そこと根株を火で炙ってもらい、しばらく立ち入り禁止のロープを張ってもらいました。人間の後先を考えない利便性の追求に起因する地球温暖化の弊害は、いま世界中で様々な形で起きていますが、私たちにとって非常に身近な問題となっていることを実感させられる機会となりました。それも子どもから教えられたのです。イエスさまは「空の鳥をよく見なさい」、「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい」と言われました。子どもは自然が発しているメッセージを、大人よりも敏感に察知することができるようです。金木犀の香りに歓喜する子どもたちは愛らしいです。子どものように神さまが造られた自然からのメッセージを読み取れる感性を育みたいと思うのです。

園長 猪野正道