ひかりニュース

「ブルーベリーの木」

ヨハネによる福音書13章34,35節「あなたがたに新しい戒めを与える。互いに愛し合いなさい。私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたが私の弟子であることを皆が知るであろう。」

 新学期が始まって間もないある日の午後、年中組の男の子二人が主任の小牧先生に連れられて、職員室の私の机の前にやって来ました。園庭遊びの時間中に遊びが高じて、卒園生が記念として植えたブルーベリーの木の枝の一部を折ってしまったのです。さすがに事の重大さに気づいた二人は、私の前でおどおどしていました。私は、男の子たちと神さまにごめんなさいのお祈りをしました。悪い事とわかっていてもやってしまうことが人間には多々あります。すべてを見ておられる神さまの前に、正直にごめんなさいと言えるようになること、そして悪い心に負けないように祈ることは健全な良心の育成に欠かせないと思うからです。

 さて、私もお祈りをしながら、自分の胸に手を当てて考えてみると、卒園生の記念樹を大切にしようということを園児たちに伝えられていただろうか、忙しさにかまけて手入れに無頓着になっていたのではないかと心を探られました。そこで男の子たちとブルーベリーの木の実が成るように、これから水やりや手入れをしようねと提案して実行に移しました。

 しかし「喉元過ぎると暑さを忘れる」という言葉がありますが、途切れないデスクワークにふと気が緩みました。連休明けの園庭遊び時間に、海賊船横の小屋で職員室のストーブの給油をしていたら、例の男の子が顔を出して「園長先生、水やりしなくていいの?」と声を掛けてくれました。そこで如雨露を渡して、「手伝ってくれる?」と頼んだら、喜んで手伝ってくれました。それを見ていたクラスの友達が、「僕も如雨露でブルーベリーの木に水をあげたい!」と言ってくれたので嬉しくなりました。

 神の御子イエスさまは、心、言葉、行いで罪を犯す私たちへの、神さまの正しい裁きを、私たちの身代わりとなって十字架で受けてくださいました。この神さまの愛は、人を悪い、自分勝手な方向ではなく、謙虚に互いに赦し愛し合う建設的な方向へと導いてくださいます。神さまの愛の下で、イエスさまの弟子として生きる幸を園児たちと共に味わっていきたいと思うのです。

園長 猪野正道